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松坂屋の創業者に、お釈迦様も!?覚王山のまち【大ナゴヤ大学】

 

こんにちは。事務局の大野です。

7月14日(土)に開催された授業「自分の知らない”まちをみる視点”を学び合おう!「自由考動」−覚王山編−」のコーディネートを担当しました。

 

多くのまちでもそうだと思うのですが、今住んでいるまちのことを知る・学べる機会は少ない。住んでいる人に、地元のまちのオススメスポットを聞いても、回答がかえってこないという話は、よく聞きます。名古屋もそうですね・・・。

 

最近、都市としての名古屋が面白いと感じています。歴史を深く掘るのも一つですが、まちを様々な視点を持ってみることができるようになると、もっと日常の中で名古屋のまちを楽しめるようになる人が増えるのでは?と考えています。

 

建築、タイル、和菓子、喫茶店、コーヒー、映画、個性的なお店、神社仏閣、カルチャー、まちの歴史、芸能、工芸、デザイン、ソーシャルな活動をしている人もいるなどなど、都市は多様です。

 

そんなことを想いながら、今回の授業では、覚王山のまちを、生徒の皆さんと訪れました。

 

 

最初に、揚輝荘 聴松閣の会議室(地階にあり、一般の貸出しています。)に集まり、覚王山のまちのことを学びます。

 

覚王山 日泰寺は、日本で唯一のいずれの宗派にも属さない寺院で、お釈迦さまのご真骨をタイ国(当時シャム国)より拝受し、仏教各宗代表が協議し奉安する為に、1904年(明治37年)に建立されました。

 

釈尊を表す「覺王」を山号とし、日本とシャム(暹羅)国の友好を象徴して覺王山 日暹寺にっせんじとして創建された。その後、昭和14年(1939年)シャム国のタイ王国への改名に合わせて、昭和17年(1942年)日泰寺に改名。

 

 

覚王山の地名は、ここからきているのですね。

 

また、今回の教室でもある揚輝荘は、大正から昭和初期にかけて松坂屋の初代社長 伊藤次郎左衛門祐民の別邸として建てられました。完成時(昭和14年頃)には、約一万坪の敷地内に、三十数棟の建物が建っていたそうです。

 

 

各界の要人や文化人が往来する迎賓館、社交場、アジアの留学生が寄宿するなど国内外の広範な交流の場となっていたそう。 

 

そんな揚輝荘の聴松閣内を、ガイドさんの案内のもと巡りました。いたるところに”こだわり”を感じられるつくりになっています。皆さんも、是非一度訪れてみてください!

 

 

 

 

 

その後は、覚王山の街を各々巡り、再び戻ってきて、どこを巡ってきたのかを共有します。

 

 

和菓子屋さんを巡った方、地図で”ねこの小径”を見つけて行ってみた方、月がつくものを探して回る方(月見坂という地名が残っているように、江戸時代は月見の名称だった)、外国人の方が楽しめそうなスポットを探し回る方など、皆さん、それぞれの視点で覚王山のまちを巡っていました。

 

都市は、画一的に見えるけれど、よく観察すると違いがあります。皆さんも、まちをよく観察し、それぞれの名古屋の街の楽しみ方を見つけてみてくださいね。

 

次回は、どこのまちに行こうかな・・・。

| 大ナゴヤ大学 | 15:42 | comments(0) | -
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